「平野くんって天然なんですか?」 私の考える平野紫耀くんのバラエティ番組における魅力

平野紫耀くんってほんとうに天然なんですか?」とかいうクソほど不毛な質問および議論。キャッチ―さが求められるバラエティ番組、新聞記事、薄っぺらいネット記事が「天然」という言葉を使うのは性質上、仕方がないと思います。一般人であるファンらがあーこうだ言ってるのも別に「私と語彙感覚が異なるんだなー」と気になりません。ただ日本語のプロであり紫耀くんサイド(紫耀くんサイドとは)の、テレビ誌やドル誌のライターだか編集者だかに、「天然な平野。でも彼と仕事したことある人たちはみな彼が天然じゃないと口を揃えます」みたいなことを書かれているのが目に入ると「はぁ?」って思っちゃいます。ガキっぽいのでやめたい。落ち着け自分。

この記事は、平野紫耀くんが天然かどうかとかいう不毛な議論はせず、その問を起点とし、なぜそのような問いがうまれてしまうのかを考えたうえで、いち消費者である私が考えるエンタメの作り手・平野紫耀くんの魅力を中心に、彼がいかにバラエティ番組で活躍しそうか、期待を込めた個人的意見を述べます。

だから記事タイトルに対する解はないよ。タイトルは釣りです☆

 

 ※注意※ アイドルやそのサービス・コンテンツは、受け手によって解釈が異なったり、正解のないことをあれこれ想像・妄想・考察し、楽しめるのが醍醐味のひとつだと思います。あくまで私の考えるエンターテイナー平野紫耀さんだということをご了承ください。

 

 

「天然」とは

そもそも、私は「天然」という言葉自体が誰かを描写するのに適していないと思います。なぜなら、その定義があまりにも曖昧でアンブレラターム(と言うんでしょうか)だからです。「昨日、どうだった?」と聞いて「やばかったです」って答えられると私はどうしても「どうやばいの?」と深掘ってしまうんですけど、そこで「いやーとにかくやばかったっす」っていつまでたっても「やばい」しか返ってこないと何かがエクストリームだったことは伝わりますが、全体像が一ミクロンも見えてこずストレスを感じてしまいます。「やばい」ほどやばくはないですが()、「天然」も相当べんりで、抽象的な言葉だと思います。

 

「天然」が持つ本来の意味は

【天然 てんねん】
  1.  人の力が加えられていないこと。自然のままであること。 
  2.  本来の姿であること。生まれながらにして持っているもの。天性。 
  3.  意図しないでそうなること。副詞的にも用いる。

 ですが、ここで言う「天然」は、「天然ボケ」を意味することが多く、

【天然ボケ】
  • 俗に,思わず笑いを誘ってしまうような,作為のない言動のこと。また,そのような言動をする人 (三省堂 大辞林
  • 言動が普通の人に比べていささか奇妙であり、本人がそれと気付かずに自分は普通と思っている、といった様子を指す表現。意図的にではない自然な言動がボケのように周囲の目に映るさま。 (実用日本語表現辞典)

だそうです。一説によると、「天然ボケ」という言葉が広く使われるようになったのは、80年代に萩本欽一さんがジミー大西を「狙ってボケて面白いのではなく、天然(意図せずに)ボケてるんだね」みたいなことを言ったことがきっかけらしいです。信憑性は高くありませんが。要するに結構新しい表現なんですよね。

 

平野紫耀くんをめぐってなぜ「ビジネス天然()」とか「本当は賢い」とか言われるかと言うと、「天然」という言葉が上記の引用で示した定義よりかなり曖昧かつ広義的に使われていて、ただでさえ形容詞は主観に基づいて表現されるのに、使い手・受け取り手によって意味やイメージの捉え方に違いが生じるためだと思います。さらに、ひとの言動の意図を他者が100%はかることは不可能なため、具体的に「天然」に当てはまる言動の定義が曖昧になります。これが不毛な問いを生む最大の理由ですね。これはアイドルだろうが友達だろうが、人の発言の真意は地球が逆回転したって本人にしかわからないので、考えるだけ無駄です。

 

 

「頭の回転が速い」

紫耀くんを形容する表現で、「天然」と同じくらいよく目にするのは「天然」の対極にあると言うことも可能な「頭の回転が速い」だと思います。

個人的に、この「頭の回転が速い」という表現が嫌いで、いまいち意味がわからないなーっていつも思ってます…。使ったこと一度もありません。余談ですが、私はある日本語学習中の外国人が子の表現を「不思議だと思った日本語表現」みたいなのに挙げ、頭(head)が高速でスピンしているのが連想されて意味がわからなかったと言っているのを見て、「私日本語ネイティブだけどその気持ちわかるー!」と思ったのをよく覚えています。私はこの表現を聞くと、脳みその中にある思考の車輪がすごい勢いで回って、スタート地点からびゅーんと走って解にたどり着くさまを連想します。しかし、私が言葉から連想される様子と反して、実際に「頭の回転が速い」と言われるひとは、もっと感覚的に思考・行動しているように見え、先ほどのイメージに沿って言うと、思考という駒がスタート地点から解まで瞬間移動する感じに見えます。私はごくごく稀に「賢いね」と言われることがありますが、類義語であると考えられる「頭の回転が速い」と言われたことは一度もないし、自分でも正反対な性格と思っています。それは私がスローラーナーで、めちゃくちゃ考えながら解にたどり着く思考タイプだからなんですけど、でもそっちのほうが思考の車輪が高速スピンしてるイメージなんです。例えば、大抵の義務教育を修了した日本人なら【song】って単語を見て瞬時に「【ソング】と読むこと、日本語で【歌】を意味すること」が何も考えずに連想されると思うんです。一方で、(私が今韓国語をかじり始めたので韓国語で例を挙げると)【노래】って見たら私はまだ「ㄴ=N」で「ㅗ=O」で「ㄹ=R」で「ㅐ=E」だから、「の、、れ、!」で、えーっと、ってめっちゃ必死に考えてやっと【歌】って解にたどり付きます。解にたどり着くのは確実に【song=歌】のほうが速いですが、脳を高速回転させてるのはどう考えても【노래=歌】の時なんですよ。だから「頭の回転が速い」って表現、なんかしっくりこないなーってずっと思ってます(笑)

私のイメージだけでなく、この表現は「天然」同様、かなり曖昧な形容表現だと個人的に思ってます。(異論は認めるよ!)

 

 

曖昧な表現が生む矛盾

話を戻すと、「天然」「頭の回転が速い」という包括的で曖昧な表現を用いられるがゆえに、個人による(表現に対する)見解の差が生じ、同じ人を見てるのに「紫耀くんって本当は天然じゃないよねw」みたいな不毛な会話がなされてしまうのだと思います。

 「天然」「頭の回転が速い」が覆う、より具体的な意味や表現を書きだしました(いちおう、傘のつもりですw)。 

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「天然」と「頭の回転が速い」はひとの性質として並存可能です。時には、同じ性質・性格を表す、異なる表現の場合もあります

しかし、それぞれが包括する「バカ」と「賢い」は本来、対義語のようなものなので、「バカ(知能や思考力が低い)」をイメージしながら「天然」という表現を用いると、「賢い(思考力が優れる・聡明など)」という意味を含む「頭の回転が速い」という表現は矛盾が生じるのでひとりの人間を表現するのに使えなくなります。

加えて、「天然」はその行動が「意図せず・無自覚にズレている」意味合いが含まれます。先にも書きましたが、誰かの意図というのは肉親であろうが他者がはかることは不可能なので、考えるだけ無駄オブ無駄です。それに輪をかけて、「頭の回転が速い」は「論理的・判断力が優れる」な意味が含まれますよね。一見矛盾しているように聞こえますが、「(無自覚に)(周りにとって)突拍子もない行動をとる」ひとでも、「論理的」なひとはいますよね。より具体的な言葉を使うと、説明が明瞭になります(特大ブーメラン!泣 語彙増やしたい!)。しかし、「天然」や「頭の回転が速い」などという抽象的で複数のイメージを包括する言葉で被せてしまうことによって、矛盾してるように聞こえる気がします(うまく説明できない…)。

ゆえに、同じ「天然」「頭の回転が速い」という表現を使っていても、紫耀くんへの認識というより、言葉の解釈の違いによってひとによってイメージするものが異なり、「いや平野、本当は賢いやろwww」みたいなクソほど不毛な会話が生じてしまうんだと思います。

 

平野紫耀くんは

私は、紫耀くんは「天然」や「頭の回転が速い」なんて曖昧な言葉で表すのはもったいないくらい魅力的なひと♡だと思っていて、以下では乏しい語彙を必死に総動員させて極力具体的な表現を用いて、私の考える紫耀くんの魅力を言語化します。ちなみに、アイドルとしての性質っていうのは、バラエティ番組に生かされると思います。なぜならバラエティ番組はタレント(アイドル)のキャラクターありきで、ドラマや映画に比べてアドリブなどの個人の判断力や語彙感覚でパフォーマンスが左右されるコンテンツだからです。

なお、以下の文章は自分で書いていてムズムズするくらいかなり非論理的で、個人的な解釈です。「その根拠は雑誌のこの発言」など根拠を明確に申し上げるものではなく、私が感覚的にさまざまな紫耀くんの言動から受け取ったふわっとした印象から書いています。それでも大丈夫だよって方のみ読み進めてください!!!!

 

①知識に偏りがある

「バカ」とか「天然」というよりも、「知識に偏りがある」と表現したいものです。紫耀くんは、夏休みの宿題を「計画的・早めに終わらせる派」でも「最後に焦って一気に終わらせる派」でもなく「やらない派(持って帰りもしなかった)」だし、幼いころから芸能活動をしていて、学校の勉強、いわゆる座学は全くだけど、それはやらなかっただけで、やってできないわけじゃなく、そのやらなかった時間に多くの同世代の日本人が経験しないようなことを経験し学び、紫耀くんを形成しているんじゃないかなぁと思います。いろんな動物に囲まれて育ったり、イギリスでホームステイしたり、家族とたくさん旅行したり、いろんな意味で「豊かだなぁ」と感じるエピソードがたくさんあります。何より幼いころからいろんなスポーツやお仕事をしてきたってのは、紫耀くんのコミュ力や華やかさ、年齢関係なく愛される受け答え、本番の強さ、飲み込みの速さなど、この後述べる彼の要素を作り上げる大きな要因になったんだろうなーって勝手に思います。幼いころから学校という閉鎖的な環境にいたら関わらないような多様なひとたちと接してきたんだろうなー。それを感じさせる浮世離れしたセンスがありますよね。同世代のマジョリティと同様に育ち、それなりの私立文系大学に進んだ廉くんとのコントラストが面白いです。年齢とともに価値観やお金の使い方が変わったり所謂「世間体」的な視点を持ってる廉くんに対し、私には紫耀くんはジャニーズに彗星のごとくあらわれたときから妙に大人びていて達観していたように思います。廉くんのほうが圧倒的に語彙レベルや一般教養は高いだろうけど、違う面で紫耀くんのほうが豊かな部分がありますよね。

 

②人懐っこい・優しい

私は、紫耀くんをすごく優しいひとだなぁと思います。簡単に言うと「コミュ力がある」なんでしょうけど、「コミュ力の定義とは?」と考え始めると明確な答えが見つからないので、ここではオーソドックスに「優しい」という言葉を使うことにします。

以前このブログで書いたKinKanKitKat事件(何年前の話?!)(ご存じない方はググってください)もそうですけど、岸くんとご飯に行ってサラっと会計を済ませておいて「たまたまタダのお店だったんだよ」って言っちゃうところとか、そういう物質的なエピソードだけでなく、紫耀くんって排他的な発言、誰かを傷つける発言はしないなぁという印象です。アイドルというのはイメージが第一なので、その立場にいて自らネガティブな印象を与える発言をするひとなどこのご時世いないでしょうが、それでも、ひとは私含めて無意識のうちに排他的な発言、誰かを傷つける発言をしてしまっているものです。特に、何かキャッチ―な言葉や、大げさな表現をしようと試みるとそのリスクが高まると思います。知識や語彙を増やさなければいけない理由の一つに、誰かを排他しないためというのがあると思います。その気がなくても、無意識に語彙が乏しいせいや、視野が限定的なせいで、ひとを差別してしまうことって誰にでもある。気を付けたい。私は賢くなりたい。で、紫耀くんは、先に申し上げたように知識に偏りがあるにも関わらず、ひとを排他するようなヒヤヒヤさせる発言が少ないと個人的に思っています。一見突拍子もない言動をとることもありますが、ほとんど「平野ウケるwwww」で済むレベルで、その内容に誰かに害を与えるものがないのが、素直にすごいと思います。それができる背景には、紫耀くんが「優しい」性格である他に、「人懐っこい」というのがあるかなぁと思います。紫耀くんってひとりでご飯屋さんでご飯食べるのを居心地悪いと感じる、典型的な「常にひとと一緒にいたい」タイプなんですよね。一般人の同世代では経験できないような多種多様な人間とのコミュニケーション経験の他に、彼自身が常にひとと一緒にいたい性格であることとその生活によって、おのずと「周りの人間が不快にならないような言動」が染みついてるじゃないかな~と思います。コミュニティによって使われる言葉やノリって異なりますが、紫耀くんはどんなコミュニティに行ってもその人懐っこさからなじめるんだろうなと思います。

 

③状況把握能力が高い・勘が鋭い・飲み込みがはやい

周りから「舞台の稽古などで頼りになるのは紫耀」などと言われているように、振り付けや立ち位置など、紫耀くんは飲み込みが速く、今まで出演したバラエティ番組を見てても、要領をえるのがうまい。それは身体を動かすことだけではなく、バラエティなどでのトークでも言えるなぁと思います。その場で何を求められているのか、瞬時に察知することができる。これは何かのプロフェッショナルではない、一生「一流の二流(by中居正広)」でなければならないジャニーズに最も求められる能力かもしれません。視点を発言ひとことひとことに狭めると突拍子もないこと言ってますが、大局的な流れや需要は掴んでるように私は見えます。それが、「平野はビジネス天然www」とか言われる所以じゃないかなぁ。細部よりも先に一瞬で全体像を掴むので、細部が脆くなり独特な発言になることがありますが、全体像は掴めているから、その会話の中で面白く転がる。例えると母国語以外で自分の専門を聞いたり話したりする感じかなぁ。ネイティブの小学生と自分なら、文法的や発音的に正しく流暢な言葉を話すのは小学生かもしれないけど、大学の授業とか仕事のことを理解できるのは自分、みたいな。外国語で細かい言い回しが不自然で笑われても、その全体像を理解してるのは自分の方で、少し時間が経てば、たぶん周りはその専門の主旨を理解してることをわかってくれると思います。紫耀くんはこういう感覚が(日本語だけどw)長けてるんじゃないかなぁと思います。

 

④感覚的・直観的・瞬発力がある 

「要領を得るのがはやい」「勘が鋭い」と書きましたが、紫耀くんがバラエティ番組で全体像をつかめているのにも関わらず爆笑を誘うような発言が多いのは、彼が直観的で瞬発力があるからかなぁと思います。例えば私たちが母国語を話しているときって文法とか時制とか考えずに感覚で話しますよね。みんな誰しも日常会話してるときって感覚的に、結構ぐちゃぐちゃに言語を使ってると思います。それと同様に、バラエティでの紫耀くんは、ウソは話してないんですけど、めちゃくちゃ感覚的に、考えるよりも先に瞬発的にややキャッチ―な言葉選びをしてるように見えます。だから、普段はしっかりしてるのにバラエティではわざと天然っぽく振舞ってるって思われたり、意図的だって言われるのかなぁと思います。ここで計算とか天然とかいうものさしは適していない気がします。例えば、中居くんとかさんまさんとかは、三手先を読んで発言しているので、もちろん天然ではありません。会話の計算の鬼です。でも、紫耀くんの発言の仕方は三手先まで読んでるとは思えなくて、ただ相手の発言にぽんぽんリズミカルに、反射的にキャッチ―な言葉で答えてるから周りに笑われる発言になってるんじゃないかなぁ。だから「感覚的に考える間もなく話してる」って点ではそこに意図や計算はないから天然です。でもその背景には「ここではキャッチーな言葉選びがウケるだろう」と感覚的に選択しているので、意図的と言えば意図的です。その感覚的な選択っていうのは先にも述べた状況把握能力からきてるので、発言がバカっぽくても賢く映るのだと思います。語彙感覚が独特であったり、非論理的であったり、筋道立てて笑いを計画していない点では天然ですが、リズミカルに感覚的に瞬発的にキャッチ―な言葉選びをしているという点では意図的かもしれません。スポーツみたいな感じですね。考えるより先に身体が動くけど、その動きには意図がある、みたいな。

発言のキャッチ―さだけでなく、テンポのはやさや、言葉のキャッチボールのリズム感が優れているというのは、「間」が命のバラエティではかなり大切な要素ですよねぇ(私何様?!)。ちなみに、私が紫耀くんとは対照的に言葉を熟考して発言してるなぁと感じるのは岩橋さんですね。姫。

 

⑤俯瞰力がある・理性的・冷静・対応力がある

紫耀くんはあまり緊張したりテンパったり感情的にならないとよく言ったり言われたりしています。怒られてもそんなに落ち込まない。そのコツとして、「常に7割くらいを保つ」みたいなことを言っていて、たいそう関心したのを覚えています。何かに熱狂したり、夢中になると、その反動が必ず来ます。私は感情の起伏が激しいタイプの典型なので、紫耀くんのその姿勢は憧れます。先にも書いたように、私は紫耀くんを全体像をつかむのがうまいと思っています。物事の趣旨をつかむだけでなく、彼の視野が広いなと思う場面は多岐に渡り、例えば複数のグループがステージに立ってるときのMCとか実はうまいんですよね。私が強くそう思ったのはサマステの合同公演で紫耀くんがMCちっくなことを務めていたときなんですけど、本来バラエティに限らずその場に複数の人数がいるときのトークっていうのは、①話し手②聞き手に加えて③回し手というのがいて、それが所謂MCと呼ばれる役職です。バラエティではMCの名前で冠になりますが、実際MCは話を回しているだけで自分の話は大してしてないんですよね。だから、これを合コンなどでは、一番話しており、その場の空気を牛耳っているため影響力や統率力があるように見えて、最後までその人の話は聞けない、と女の子の気を引くことのできる、すごくモテるタイプだと思います。SnowManSixTONESトークが面白いのはそのせいだと思ってます(笑)話を戻すと、紫耀くんは、最低限回して一度話し手に転がせたらあとは聞くだけ、というMCの役割をナチュラルにこなしていて、視野がすごく広くて、力の抜きどころをよくわかっているんだなぁと感心したのをよく覚えています。努力はもちろん全力投球でやってるでしょうが、視野が広く俯瞰力に長け、常に理性的で冷静なので、臨機応変な対応を求められるバラエティ番組などでも活躍するんじゃないかなぁと思います。

ちなみに、紫耀くんのこの要素と対照的だなと思うのが海ちゃんで、元気いっぱいひまわりのような面もあれば、悩みすぎたり、がっくり落ち込んでしまうことがあると本人も紫耀くん廉くんも言っていますよね。それは決して悪いことではなくて、少女漫画などの感情ベースの物語に入り込めたり、豊かな感性を求められるビジュアルアートや詩に生かされたり、何より彼の武器であるダンスの表現力にも繋がっていると思います。まだ演技の経験は浅いけれど、その豊かな感受性や感情の振れ幅の大きさは、演技仕事で必ず役に立つはず。逆に言うと紫耀くんの伸びしろでもあるなぁと思います。演技の経験を重ねることで、プライベートで見る物語でも感情移入しやすくなった、みたいなこと言っていた気がします(記憶が曖昧でごめんなさい)。ダンスも演技も、これからもっと表情豊かで感情大爆発!みたいな紫耀くんをぜひ見たいです。バラエティではその冷静さ、めっちゃ生かせるけどね(私本当に何様なんだろうごめんなさい)。

 

⑥理論より実践

 コミュ力があって、感覚的で、瞬発力があって、勘が鋭くて、要領が良くて、優しい紫耀くんは、理論より実践派だなぁと思います。もちろん彼も、悩むこと、大変だなぁと思うことは沢山あると思うんですけど、何かを相対的に比べたり、どうなるかわからない未来のことを憂いたり、世間体を気にしすぎたりしない、「Just Do It」精神を雑誌などを読んでいてとても感じます。「今はとにかく目の前のことを全力でこなすだけ」と言っているのを複数回見ました。「花晴れ」だって、「みんなは花男と比べるかもしれないけど、別物だし」というような、プレッシャーを感じつつも集中すべきことにフォーカスを当てていたことが感じられる発言をしていました。ひとに悩みをあまり相談しないと言っていたし、実践ベースで生きているからこそ、単純に言語化を求められた際に独特の言い回しになってしまうというのかな、と勝手に思っています。舞台のセンターに立たされたり、いきなりゴールデン連ドラのメインキャストに抜擢されたり、その都度期待に応えてきた「習うより慣れろ」な紫耀くんは、どっか外国に放りこまれたら、誰よりも早くそのコミュニティになじんで、現地語を習得するんだろうなぁと思います。いまではかなり英語が流暢になった赤西仁くんもそんな感じですよねぇ。文法書を一ページずつ読むんじゃなくて、見様見真似でガンガンに実践していくタイプ。うらやましい!日本語でも、紫耀くんは感覚で日本語を喋ってるんだなーって感じることよくありますよね。言い間違いや、言葉を間違えて覚えているのとか、雰囲気とリズムで覚えて使ってるんだろうなーと思います。

 

以上が私の考える平野紫耀くんの魅力です。私めっちゃエラそうだな!そして、めちゃくちゃ主観的な文章ですみません。 

 

ついでに

先にも述べた「天然ボケ」という言葉が普及する元となったといわれているジミー大西さんは、ドラマ「ピュア」(96年フジ)の主人公のモデルでもあるんですよね。紫耀くんが生まれるちょうど一年前の月9なんですが、「天使の物語」と表現できるお話です。私はずっと紫耀くんに「ピュア」みたいなドラマを当て書きしてほしいと思ってます。テレビのエラい人!!! 脚本家のみなさん!!!! よろしくお願いします!!!!!!