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わなわな震えながら見たブラッドブラザースの感想

ジャニーズWEST桐山照史くんと神山智洋くんが出演する「ブラッドブラザース」(@新橋演舞場)を見てきました。もともと見る予定はなかったし、ストーリーも悲しい感じなうえに個人的に苦手な要素が含まれているようだったのでギリギリまで観劇するかめちゃくちゃ迷ったのですが結局、あまりにも評判がよかったの(とその他都合がマッチ?したの)で見ることにしました。その感想を書きます。と、思ったら観劇中に書いてたメモを紛失した…泣 見つかり次第随時追記します。

 

※思いっきりネタバレを含みます。

※世間知らずで不勉強なクソがきが書いた感想だと思ってお読み頂けると嬉しいです。

※諸事情により本当に本当のラスト以外の最後15分程度はほぼ見ていない為、トンチンカンなことを書いているかもしれませんがご了承ください。

※たぶん照史くん(ミッキー)に関することが多くなると思います…*1

 

 

ブラッドブラザースは60年代のイギリスリバプールを舞台にした生き別れの双子のお話です。

 

私がブラブラを見ようと思った最大の理由は

①歌と踊りが好きだから

②外部舞台に興味があったから

です。音楽にのせられた言葉と、嬉しそうそうな表情を見るとそれだけで勝手に涙が出るほど楽しくなってきてしまう。誰が出演しようとミュージカルはミュージカルであるだけで楽しい。好きだ。くわえてジャニオタになってから、ジャニーズ濃度の高い舞台ばかり見るようになってしまった。もちろんそれも好きなのだけど、筋書きがアレだったり、演者の技術にムラがあって独特だ。何より物語ではなく演者を見に行くという意識が強くなってしまって純粋に舞台を楽しめてない気がする。というわけで外部舞台にはずっと興味があったんです。

実際に、ブラブラで非ジャニーズの役者さんたちと歌うふたりはめっちゃ格好よかった。特に照史くんがガキんちょ時代に兄弟やリンダたちと歌う歌(曲名わからん…)がすごい好きだった…。役柄的にも末っ子で、多分役者としてもいちばん若い照史くんがお兄ちゃんたちと歌ってる姿がたまらんかった…。照史くんってジャニーズWEST(や旧関西ジュニア)の中では「切り込み隊長」って言われてていわゆるお兄ちゃん的ポジションだけど、実際にはお兄ちゃんがいる末っ子で、オトナにアピールしたり先輩に好かれるのが上手い弟気質な要素をたくさん持ち合わせてるんだよねぇ。そういう弟あっくんが見られてわくわくした~。愛されてるスイートな末っ子はわたしが長女なので見ていてすこしムカついてしまうけど、嫌われても必死に金魚のフンみたいについていく末っ子は応援したくなっちゃう。グループ内で一番歌が上手い照史くんが、歌の上手い先輩役者さんたちの中で歌ってるっていうのもそんな弟感を増させていてよかったなぁ。あるところでは一番なのに井の中の蛙にならず外に出て頑張る男ってそれだけで格好いいじゃん。

そんで、舞台全体としては、やっぱり観劇後に脳内を駆け巡る?感想がジャニーズ舞台と全然ちがった。ジャニーズ舞台だと「△△部分の○○くんが××だった」とか「今回の舞台を通して○○くんの××な面が見られてよかった」みたいな感じになってしまうんだけど、今回は物語についてのことばかり考えてしまった。本来作り手が伝えたい届けたいのは物語で、それを通して何かを感じてもらいたいのだから、こっちの方がフツーですよね。もちろん照史くん神ちゃん担はそういう感想をたくさん抱いた?覚えた?ろうし、そういうツイートやブログをいくつも読んだけど…。(ミッキーを演じる)照史くん、(エディを演じる)神ちゃん、ではなく(照史くんが演じた)ミッキー、(神ちゃんが演じた)エディ、みたいな感じで、私は物語自体の感想を中心に書こうと思います。

と、その前にふたりの「上手い!!好き!!」と思った演技を最初に書いておきます。照史くんは、エディが家に訪ねてきて、ジョンストン夫人がミッキーに「エディが来たよ」って言ってミッキーが「よう」って照れながら手を挙げるシーン(伝わるかな?)。エディとミッキーは兄弟の契?を交わした仲なのに、すこし時間が経ってしまうと(もしくは親の前だと)あぁやって照れてぶっきらぼうになってしまうってところが「こういう子いるいる~~~」って感じで、さらにその照れ具合が超~~~~~リアルだった。男の子に多いよねぇ、あぁいうこども…。神ちゃんは二幕の一番はじめかな~。キスシーン目当てで見に行ったのに、神ちゃんのキスシーンはほぼ目をつむっててまともに見れてない(泣)残念(泣)一幕はずっとこどもで(もちろんそれもかわいかったんだけど)、だからこそ、二幕になった瞬間「男らしさ」みたいな部分を強調してたみたいに感じて、「一幕のあいだ忘れてたけど、神ちゃんって格好いいんだったね?ええ声やんな?」ってなったw こどもが演じるこどもらしさ、女が演じる女らしさ、男が演じる男らしさ、大人が演じる大人らしさ、アイドルが演じるアイドルらしさなどというのは、客観視や自覚が必要になる。わたしは格好つけてカッコいいひとが好きなので、二幕が始まった瞬間ドキっとしてしまった。

(最後にもちらっと照史くんの演技について書いたのでそこだけ読みたいひとはスクロールして読んでください)

 

では、物語の感想をば。

どういう順番で書こうかな……。観劇する前にあらすじ、結末まで全部ネタバレを読んでいたし、観劇済みのひとたちの感想も結構読んでたんだけど、多くのひとが書いていた「バッドエンド」だとは私は思わなかった。それよりも、一幕のほうがしんどくて、泣いた。声を殺すのが大変だった。所謂思春期を過ぎると、自我っていうか、アイデンティティが芽生えたり社会のことがちょっと見えてきたり、言動に意図を持ったり意志を抱いたりするけど、こどもは違う。未来を読むことさえしない。ピュアで、階級の差とか考えない。私は結末を知っていたし、知っていなくても彼らよりちょっと大人だったので、彼らに訪れる未来が幼少期をみるだけでわかってしまってつらかった。ミッキーみたいなこどもも、エディみたいなこどももいるよね。よく見る。「あーこういう子、いるいる」って思えたからこそ、純粋で罪のないふたりにこれから訪れる未来を思うと本当に本当につらくて涙がとまらなかった…。ふたりは本当になにも悪くない。純粋さを目の当たりにすればするほどしんどかった。金持ち(/美人)は性悪で貧乏人(/ブス)の心が美しいなんて典型的な構図は我々の願望に過ぎず、ほんとうは持つものであり不自由したことのない金持ちは疑うことを知らずまっすぐで、非難され蔑まれ不自由ばかりの貧乏人はどんどんひねくれていくことが多い気がする…。「お菓子くれ!」のシーンでそれが表れてたよね。もちろん根はみんないいひとだと私は思うけど。でも、性善説を信じるからこそ、悲しかった。二幕もふたりともめっちゃ上手く演技してて、「こういう子、いるいる!」のオンパレード。だぼっと制服を着こなす無愛想でニキビを気にするミッキーとか、女の子を知らずに勉強だけはがんばるエディとか。ほんと14歳のミッキーがリアルすぎてしんどかった…。ああいう中高生、いるよねぇ。だからこそ、自分の事として考えられて、あぁ……。わんわん泣いた。18、19になってからは、肉体労働をして煙草を吸う男らしいミッキーと、モラトリアムを謳歌するおぼっちゃまエディ、それぞれ特有の格好よさにコントラストが見られて、「どっちか選べない♡」って目が♡ハート♡になった。※選ぶ必要はない。

二幕は幼少期に比べてピュアさが薄まって意志みたいなのが見られてしんどさは減ったけど……学歴や経済的格差って、って考えてしまう。日本生まれ日本育ち主な使用言語日本語、である私は「若い頃遊んでたんだから今痛い目を見るのは自業自得」みたいな言葉をよく聞くけど、本当に自業自得なのかな。ミッキーとエディを見てたら、そう思えないよねぇ…。ふたりは同じ母親から生まれてきたので、先天的な差異はほとんどなくて、唯一の違いは「育った環境が違った」ってそれだけで、自分もミッキーみたいな環境にいたらミッキーみたいになってたろうし、エディみたいな環境にいたらエディみたいになってたんだろうなって思うよね。だったら「自業自得」なんて言えないよねぇ。基本的に、格差は受け継がれるし、解消されない。労働階級の子どもは労働階級になる未来が用意されるし、逆転はほぼ望めない。ライオンズ夫人に「500ポンドあげるからここから出て行って!おねがい!」と懇願されたジョンストン夫人が「(500ポンドもらっても)どうせクソみたいなものをたくさん買うだけさ!」って返すシーンがあったと思うんだけど、格差ってお金への姿勢にも見られる。金持ちは投資するけど、貧乏人は浪費する。金持ちになるお金の使い方が想像できないから、金持ちと同じだけお金をもらっても、生活単位で成長や変化を生むことにどさっとお金を使わず、生活水準に変化をもたらさないクソみたいなものをたくさん買ってしまう。金持ちのコミュニティは金持ちで構成されるし、貧乏人のコミュニティは貧乏人で構成されるから、考え方の共有がなされない。だからこそ、いい意味でも悪い意味でも、きっと、労働階級の人間は「上流階級の人間になりたい」だなんて夢は見ないんだと思う。あの物語の中で、サミーやジョンストン夫人は「典型的な労働階級の人間」だったから、ある程度しあわせだったように見えた。固定された階級コミュニティの中で生まれて、育って、立場相応のよろこびやかなしみを知って、死ぬ。

でもミッキーは、普通じゃなかった。エディと対等に仲良くなって*2考え方をシェアして、そこまでは問題なくても、もしかしたら自分がエディになっていたかもしれない、という余地が生まれてしまった。ミッキーだって、彼にとって「当たり前」の生活をしていたら、立ちっぱなしでダンボールを解体するだけの仕事を一生続けることになった。「こんな仕事嫌い」で「この仕事ずーっと続けるのかと思うと嫌気がさす」。結局その職さえ失って、「前の仕事が天国に見えて」、どちらにせよよりよい未来なんて見えなくて、、、ってなったら「俺に残るものはリンダだけ」ってなるのは自然なことだよね。自分じゃなくても、機械でもできる仕事を延々とやるしかない、そんな仕事さえ用意されないって、マジで人間として必要とされてないって気分になる。絶望しかない。自分を愛してくれるひとがいたらどれだけ救いになるだろうか。

余談っていうか、ちょっと話がずれるけど、いやもともと話に筋なんてとおってないのだけど、あの物語の中でもしミッキーが貧困から抜け出せるとしたら、エディがクリスマス休暇で帰ってきて能天気な言葉を並べながら「カネならあるから!」って(恐らく)親の金を差し出すところで、ミッキーは(自然なことだけど)「お前のカネなんかいるか!」と突き返してしまったけど、あそこで「お金を貸してください!」とプライドを捨てて言っていたら生活が変わっていたのかな…なんて…思ったり思わなかったり…だって「前の仕事でもいい、前のお給料の二分の一でも二倍働くから」ってミッキーは言ってたけど、肉体労働って要するに身体を売り続けるってことで、スキルのつかない仕事を20/24h働いてたら転職できなくて、時間的に転職活動だって勉強だってできなくて、でもいつまでもお金はなくて、ってやっぱり抜け出せないんだよねぇ…エディにお金を借りれば生活は変えられたのかもしれなかったけど、プライドが許さないよね~プライド捨てるのもプライドが必要なんだよね…*3

エディだって悪くない。持てる者ピュアなひとが悪いってわけじゃもちろんなくて、彼だって彼の人生を精一杯生きていて、知らないことによってピュアであることによって得られているものもあるわけで……実年齢も精神年齢も同じだったからこそ生じた摩擦みたいな感じだったよねぇ。金持ちだって苦労や悩みはある。この世の中で、アフリカの今にも餓死しそうなこどもたちだけしか愚痴や不平をこぼしてはいけないのだろうか。わたしは先進国の温室育ちだけど、それなりにしんどいときはしんどいし、わたしの育った国の国会議員ブラック企業の社員は自殺する。彼らはきっと衣食住はアフリカのこどもたちより恵まれてただろうけど、そのひとにとっての精神的負担はMAXだったんだよね。精神的しんどさに階級は関係ない。エディのほうが楽だったとかしあわせだった、と100%言い切れない。

その後の、ミッキーがおかしくなってしまうところは私のこころの弱さによって9割見てない聞いてないんですが、ラスト、ミッキーがエディのところに行って銃を向けるシーンだけ見ました。先にも書いていたように、具体的なネタバレまでがっつり読んでいたので、どういう結末になるか知ってたんだけど、どうしてもバッドエンドに思えなかった。あの物語の中で、唯一ふたりに優しい出来事だったように思った。ミッキーの、「なんで俺じゃなかったんだ!」っていうのは、本心であるけど本心じゃなかったんじゃないかなぁ。みんな「なんで私は美人じゃないんだ」とか「なんで私は胸が小さいんだ」とか結構コンプレックスってあると思うけど、ひとを殺すほどの本心ではないように、ミッキーも、その前に「なんで俺こんなことしてるんだ?」って台詞でわかるように錯乱していて、さらにうつ病だったし、彼の中の負の面だけがむき出しになってしまって出てきた台詞だったと思う。エディを撃ってしまったのも衝撃と勢いと手の震えのせいだったと思う。でも、それでも「ふたりが双子だった」という事実を死ぬ前に知れたのはベストタイミングだったと思う。最後まで知らされないのはふたりにとってフェアじゃない。私は、ハイパー悲観的なクズだから、生き続けるより死ぬ方が楽だししあわせだと思ってるんだけど、そういう意味で、ふたり同時に死ねた、というのはとてもしあわせに見えた。もしあのまま、何も知らされずに生き続けたらそれはそれで普通につらい。事実を知った状態で、ふたりが生き続けたらミッキーは「俺がエディになれたかもしれない」という余地の悪夢を背負い、エディは申し訳なさや罪悪感やいたたまれなさを抱く。もしミッキーだけ生き続けられたら余地の悪夢プラス「エディを殺してしまった」という罪悪感で死にたくなるだろうし、エディだけ生き続けたら運命に対するいたたまれなさプラス「ミッキーを殺してしまった」という罪悪感が残る。そしてどちらかが悪者になり、その上に「兄弟を失った」という悲しみが襲う。生き続けるってつらいことだ。ひとは必ず死ぬけど、ひとの死において最も悲しいのは死んだ本人ではなく残された人々だと思う。どちらかが残されるって結果にならなくてよかった。で、今回だれが残ったのかというと、ふたりの母親であり、事の発端であるジョンストン夫人とライオンズ夫人。ふたりとも金持ちにひきとられるとか、ふたりとも労働階級で育っていたら、悲劇は悲劇ではなくなっていたと思う。そんな双子きっとたくさんいる。この悲劇を生んだのは母親ふたりで、そのふたりが最愛の息子を亡くし、残されていちばんしんどい状況におかれたというのは罪の償いっていうか、当たり前のことなのかなって…

そしてふたりが同時に死んだことにより、「人生とは」「しあわせとは」ということを考えてしまった…。真琴つばささんが、「こうして、ふたりは同じ日に生まれ、同じ日に死んだのです」みたいなことをナレーションしていたけど、ふたりにはきっかり同じだけ人生(時間)が与えられたってことになる。ふたりの人生を比べた際に、どちらのほうがしあわせだったのだろうか。乏しい生活であったミッキーが不幸で豊かな生活を送れたエディがしあわせだったんだろうか。散々格差のことを書いてきたけど、そうは思えない…。格差、というか差異ってのは必ず生まれる(よね?)。自分より料理が上手いとか、絵が上手いとか、数学が得意とか、足が速いとか、ぜーったい差異や優劣っていうのは生まれるもので、だからこそ、それを嘆くってすごく不毛っていうか無意味なんだよね。差があるなかで、ひとはどうしてどうやって生きるのか、みたいなことになってくると思うんだけど……、ミッキーとエディは経済的格差があったけど、どれだけエディに貯蓄があったとしても、高度な医療技術を受けられるだけのお金があったとしても、体にいいものを食べていたとしても、同じタイミングで死ぬ。(結果論だし、大抵ひとはいつ死ぬかわからないまま生きてるけど)どうせ格差は生じて、どうせ同じタイミングで死ぬのなら、唯一平等に与えられた「時間」をそのひとなりにしあわせに生きたモン勝ちなのでは、と、思ってしまった…。上手く書けないんですけど……ハイパーネガティブな人間が何を言うって感じなんですけど……そう思えただけでも、この舞台を見た甲斐がありました。そういう意味でも、ふたりには人生が平等に与えられたという点で、同時に死ねたあの結末は、バッドエンドに見えなかった。

でもでもでもでも、やっぱりミッキーがエディよりしあわせそうだったとは口が裂けても言えないよね。ミッキーが経済的に余裕が無かったことが、あぁいう結果を招いてしまったんだし……。最初からずーーっとしんどくて、ずーーーっと帰りたい帰りたいって自分と戦ってて、ミッキーが狂ってしまってからは我慢できなくなって五感を完全にオフにしてしまったんだけど、あれだけ怖くてしんどくなったのは、やっぱり照史くんの凄かったからだと思う。例えば、ミッキーエディをしょおれんとか、ツインとかでやってもキャラ的に全然なりたっただろうけど、あっくん神ちゃんだったから、あんなにしんどかったんだろうな~と思います。その理由に、演技力っていうのももちろんあるけど、照史くんの容姿やキャラクターも大きいと思う。美しさに悲しさやしんどさがプラスされると、さらに美しくなったり、儚くなったり、非現実的な感じになってしまうと思うんだよねぇ。紫耀くんがミッキーをやってもそれはそれでしんどかっただろうけど、彼は美しすぎて、アートになっちゃうっていうか、感情移入ができないというか……。それを表現したのがジャニワですよね。「悲劇は芸術の母だ!」という台詞があり、美少年たちが悲劇の波に揉まれる様を描いた舞台だったけど、どこか非現実的で、しんどくはならなかった。私はひとがおかしくなっちゃうとか、依存して自我を失う描写が兎に角アレルギーレベルで苦手なんだけど、健人くんがジャニワで錯乱してるシーンはちっとも怖くなかった。でもそれは「向こう側」で完結してる世界だからなのかなぁ、って……。もちろん照史くんを美しくないと言いたいわけではなくて、彼はキャラクター的にも消費者/視聴者/ファンに寄り添うタイプのアイドルだから(実際「ジャニーズっぽくない」ってよくいわれるみたいだし)、演技や雰囲気に自分の事として考えさせるしんどさを与えるものがあったんだと思う。

 

これを多ステしてる方や毎日演じてる演者さんたちマジですごい……。私なら精神ヤられるわ……。私がまだ社会の酸いも甘いも全然知らないクソがきだからこんなにしんどかったのかな。人生経験足りない。終始怯えてて、何度も退出しようと思ったけど、最後に拍手だけはしたいと思って残ってた。でもやっぱりしんどくて、この後すぐに照史くんのハッピーな何かを見ないと照史くんを苦手になっちゃう!ってずっと怖かったんだけど、最後カーテンコール(?)で照史くんが笑顔で出てきてくれて、はけるときラブリーにぴょーんって跳ねてくれてほんまによかった……泣

しんどかったけど、自分の幼さと向き合えるいい機会になりました。見られてよかったです。おすすめして下さったみなさん、ありがとうございました。

*1:たぶん観劇した席が一階席の下手側だったから感情移入しやすかったんだと思うw

*2:ジョンストン夫人とライオンズ夫人も仲が良かったが、対等ではなかった

*3:ドラマ「プライド」より